気ままに生きる/無理をしない生き方の模索

双極性障害に鬱病ダメ人間  ポンコツでもいいじゃん 失敗や不幸を書いていきます

過緊張 原因

私の場合、10代前半から過緊張の症状がでていたと思われる。

 

そして10代後半の学生時代には、極端な疲労感、疲弊感を感じ定期的に2週間位寝込むという状態を繰り返していた。

 

原因の一つが育った環境のせいであると思われる。

 

母親が双極性障害で気分がころころ変わり、子供を虐待し、夫婦仲も悪くいつも泣き叫んでいたり物を壊したりの日々が続いた。

そして、母親の機嫌が悪いと2人の姉もピリピリしだし、姉の機嫌の悪さの影響は末っ子の私に向かうこととなる。

 

よく私はアホだのバカだの言われて育ってきた。

 

なかでも今も鮮明に記憶しているのが、母親が姉を殴ったときの鈍い音だったり、姉が押し倒されふっとばされていた状況である。

 

当時の恐怖を今になって思い出す。

PTSDと呼ばれるものか?

 

殴られた当事者の姉(次女)は、現在非正規で働いている。私と同様に転職を繰り返しているらしい。 

身内の私が言いづらいが、父母の介護認定やヘルパーの手配等の仕事ぶりを見ている、恐らく仕事ができる人である。

 

しかし、私のように鬱病になったとかの話は聞いていない。

私より明らかに強いのだろう。

 

しかし、姉本人も気がついていないだろうが、幼い頃の家庭環境の悪さ、虐待の影響は確実にありそうだ。

容姿は悪くないほうだと思うが、いまだに独身で非正規で働いている。

 

私の家族でまともに生活しているのが長女で結婚をして家庭、子供を持ち、正社員で働いている。

これは長女が早い時期に家を出ていたためと推察される。

 

私の話にもどるが、私はいつしか人の顔色をうかがい、常に人の目を気にし、人の評価が気になる人間になっていた。

 

学生時代から新しい環境に馴染めず緊張し、疲弊していた。

 

このまま社会に出ても成功するはずがないと絶望し、自殺願望がうまれていた。

 

また、極端に自己肯定感が低くなり、自分の容姿も嫌いになり10代後半からの5,6年は鏡をることができなかった。

 

その後、社会にでてすぐに鬱病になり、転職を繰り返し、今に至る。

 

ここまでを認識し、理解するまでに25年くらいの時間が必要であった。

あと10年早く気がつけば、やり直せていただろかと後悔をしている。

 

しかし、上手くいかない原因が自分にあるとはなかなか認められないものであるし、

人より真面目に頑張ってきたのに仕事ができない状況は絶望するしかない。

 

45歳。これから幸せになれるだろうか?

自分を変えてやり直せるだろうか?